

お笑いコンビ、ピースの又吉直樹の著書「人間」を
読みました。彼は「火花」で芥川賞を受賞しています。
どんな作品か興味もありました。
ひと言で云うと、読み手の私を混乱させる作品でした。
二度読み返しましたが、あらすじがまとまりません。
しかし文章の中で表現される一つ一つの言葉はとても
よく理解出来たし、納得もしました。
自分もそうですが、ひとは心の中でいつも反芻を繰り返
しています。自分は今 何故笑ったのか、笑う場面ではな
かったのではないか、他人(ひと)に諂ったのではない
だろうか等、常に迷いや疑いを反芻しています。
主人公の”永山”も常に心の中で反芻しながら、俯瞰から
もう一人の自分を見ているようなところがあり、作中に
登場するお笑い芸人でありながら書いた小説が文学賞を
受賞し、その後 芸人と云う立ち位置と、本人の言動で
大衆から批判され、悩み続ける”影島”と云う人物は、
もしかしたら作者が俯瞰から見つめている本人ではない
かとさえ錯覚しました。
作品の後半、主人公”永山”が両親と父親の故郷、沖縄の
名護での血の繋がりのある一族との普通の関わりの中で
語られる言葉で、読み手の私の頭の中も穏やかになりました。
この作者は、
・・・・私たちは人間をやるのが下手なのではないか。
・・・・人間としての営みが拙いのではないか。
そんなことが言いたかったのではないでしょうか。


村上春樹 著 「独立器官」を読みました。
この作品も短編集「女のいない男たち」の一遍です。
相変わらず著者独特の表現で書かれる男の心理描写。
決して難しい言葉ではないのだが、わかるようで、
わからない。
以前も長編の「1Q84」を読んだときもそうだった。
私には村上作品を理解する感性が備わってないのかも
知れません。
ただ題名になった「独立器官」という表現に、妙に考
えさせられたのでここに記します。
-----すべての女性には、嘘をつくための特別な独立器官
のようなものが生まれつき備わっている。
どんな嘘をどこでどのようにつくか、それは人によって
少しづつ違うが、しかしすべての女性はどこかの時点で
必ず嘘をつく。それも大事なところで嘘をつく、
それもためらわずに。そしてその時ほとんどの女性は、
顔色ひとつ声音ひとつ変えない。何故ならそれは彼女
ではなく、彼女に備わった独立器官が勝手に行っている
ことだからだ。----
男たちは女をこのようにみているのか?


村上春樹 著 ドライブ・マイ・カーを読みました。
この作品は彼の短編集「女のいない男たち」に収録され
ている一遍です。
最近 映画化され、カンヌ映画祭で脚本賞も受賞したそう
です。
俳優をしている家福(変わった苗字ですが)は愛車の
サーブ900コンパーティブルを長年運転していたが
事情があり、運転手を雇うことにし、信頼している
修理工場の主人に探してくれるよう依頼した。
店主が推薦してくれたのは、ぶっきらぼうで、無口で、
むやみにタバコを吸う若い女性だった。
渡利みさきと云うその女の運転は、マニュアル・シフト
の操作も滑らかで優秀なドライバーだった。
助手席でリラックスできた彼は、よく死んだ妻のことを
考えた。愛し合い、すべてを理解し合った理想の夫婦
だったが、妻の方は違う男に何度か抱かれていた。
家福はそれを知っていたが妻は短い闘病の末あっけなく
死んでしう。満ち足りた生活をしていた彼女が、何故?
彼は相手の男性に近づいて友人になり飲み友達になった。
その若い男はこう云った。
”女の人が何を考えているか、僕らにそっくり分かる
なんてことはまずないんじゃないでしょうか、
僕らは皆同じような盲点を抱えて生きているんです” と。
相変わらず村上春樹さんの著書は難解でした。
男の深層心理、分かるようでわからない・・・・。